郷里の新居浜でシングルハンドの
シーホッパーでセールして、すっかり気分良くした私は帰京して
若洲の東京都の運営するヨット教室に復帰した。
若洲のヨット教室はスナイプ艇(二枚帆の二人乗りで
金属製のセンターボードを持つ本格的なレース用のディンギー)
が主流で私もスナイプ艇に乗っていた。
スナイプ艇の他にもシーホッパーとほとんど同じようなレーザー艇
が二隻あった。それで、レーザー艇に乗ることにした。
私が若洲のヨット教室に行くのは土日に限られていたが
前日にレーザー艇に乗ることを電話で申し込んでおいた。
土曜日の朝、若洲のハーバーに着くと、若い男女のコーチが4名ほど
ああでもない、こうでもないと騒ぎながらレーザー艇の艤装をやってくれていた。
私は、なんだかうれしくなった。
レーザーの艤装はかなり面倒なようだった。
マストが立てられていて、あらかた艤装も出来上がっている
スナイプと異なり、
レーザー艇は乗艇のたび
マストをに立てないといけないし、
アウトホールやカニンガムなども一からセットする必要があった。
見た目は一枚帆で簡単でもセットアップは大変だった。
何とか艤装を終えたレーザー艇に乗艇して他スナイプ艇と
訓練海域に向かった。
六隻ほどのスナイプ艇と私のレーザー艇と
数隻のレスキュー艇で訓練海域に向かった。
適度な風が吹いていたので、レスキュー艇に曳航されることもなく
自力で訓練海域に向かった。
若洲のレーザー艇は帆のやや小さなラジアルリグだった。
そのこともあり、スナイプ艇よりはるかに遅れた。
訓練海域に向かう途中で見かねたレスキュー艇に曳航してもらった。
訓練海域のレースでもスナイプ艇にはるかに遅れて
どん尻をセールした。
若干、悔しい気持ちもしたが、それ以上に操船に夢中になった。
スナイプ艇ではラダーとメインシートを操るスキッパーと
前方のジブセールを操り、海面や他艇を観察するクルーとで
仕事を分担しているが、シングルハンド艇ではラダー操作も
セールのコントロールも海面の観察もすべて一人でやるので
かなり忙しかった。タックやジャイブはスナイプ艇と
それほど違いはなかったが、それでも、気を抜くと簡単に艇が沈してしまう。
安定なスナイプとは異なり非常に不安定だった。
レース練習を終えてハーバーに帰着して
スロープで艇を引き上げていると
コーチ陣の総帥である小山コーチが来て手伝ってくれた。
小山コーチは
「さすがに、沈させないね!」と
言ってほめてくれた。
郷里でシーホッパーでセールした時に爽快感はなかったが
一人でセールすることの達成感があった。
シーホッパーでセールして、すっかり気分良くした私は帰京して
若洲の東京都の運営するヨット教室に復帰した。
若洲のヨット教室はスナイプ艇(二枚帆の二人乗りで
金属製のセンターボードを持つ本格的なレース用のディンギー)
が主流で私もスナイプ艇に乗っていた。
スナイプ艇の他にもシーホッパーとほとんど同じようなレーザー艇
が二隻あった。それで、レーザー艇に乗ることにした。
私が若洲のヨット教室に行くのは土日に限られていたが
前日にレーザー艇に乗ることを電話で申し込んでおいた。
土曜日の朝、若洲のハーバーに着くと、若い男女のコーチが4名ほど
ああでもない、こうでもないと騒ぎながらレーザー艇の艤装をやってくれていた。
私は、なんだかうれしくなった。
レーザーの艤装はかなり面倒なようだった。
マストが立てられていて、あらかた艤装も出来上がっている
スナイプと異なり、
レーザー艇は乗艇のたび
マストをに立てないといけないし、
アウトホールやカニンガムなども一からセットする必要があった。
見た目は一枚帆で簡単でもセットアップは大変だった。
何とか艤装を終えたレーザー艇に乗艇して他スナイプ艇と
訓練海域に向かった。
六隻ほどのスナイプ艇と私のレーザー艇と
数隻のレスキュー艇で訓練海域に向かった。
適度な風が吹いていたので、レスキュー艇に曳航されることもなく
自力で訓練海域に向かった。
若洲のレーザー艇は帆のやや小さなラジアルリグだった。
そのこともあり、スナイプ艇よりはるかに遅れた。
訓練海域に向かう途中で見かねたレスキュー艇に曳航してもらった。
訓練海域のレースでもスナイプ艇にはるかに遅れて
どん尻をセールした。
若干、悔しい気持ちもしたが、それ以上に操船に夢中になった。
スナイプ艇ではラダーとメインシートを操るスキッパーと
前方のジブセールを操り、海面や他艇を観察するクルーとで
仕事を分担しているが、シングルハンド艇ではラダー操作も
セールのコントロールも海面の観察もすべて一人でやるので
かなり忙しかった。タックやジャイブはスナイプ艇と
それほど違いはなかったが、それでも、気を抜くと簡単に艇が沈してしまう。
安定なスナイプとは異なり非常に不安定だった。
レース練習を終えてハーバーに帰着して
スロープで艇を引き上げていると
コーチ陣の総帥である小山コーチが来て手伝ってくれた。
小山コーチは
「さすがに、沈させないね!」と
言ってほめてくれた。
郷里でシーホッパーでセールした時に爽快感はなかったが
一人でセールすることの達成感があった。
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