チャンピオンコーチの不満

　操船次第で艇速が大きく変化した。
　
　そのことが分かってきて、スナイプ艇と競えるようになった。
それで、スタートをどのようにするかなどを考えるようになった。
スタボー優先や風下優先やクリアースターンなどを意識する
ようになった。

　けれども、福井コーチは不満気だった。
それが、言葉の端々で分かった。

《操船次第でレーザーのラジアルでもスナイプ
に勝てる》
と思っているようだった。

　ある時は、
「スピードが出ないと感じた時には
一旦メインを緩めて、また引き込んでみる！」
と言った。

　また、ある時は
「こうやるんだよ！」
と言って、シートを握っている手を
顔の近くで
曲げたり伸ばしたりする動作をして見せた。

　また、ある時は
「上りの時は風に対して目いっぱい切り上がる
セールもあれば、やや上り角度を落としてスピード重視
でセールすることもある。状況次第だ！」
とも言った。

　これらの指導は福井コーチの顔色からも非常に重要なものだと
思えた。

　けれども、風に対して充分なスピードが出ているかどうか？
などの判断は難しすぎた。
セーリング中のどの場面での話なのかさえ定かではなかった。

　これらのアドバイスはいずれもセール後に陸上で
なされたのだ。

　セーリング中にレスキュー艇から乗艇位置を後ろに移すとか、
メインシートを緩めるとか言った指示は分かりやすく
実行しやすかった。


　画家は色や形に非常に敏感になる。
その結果、美しい人を見るとその色や形のどこに美しさが宿るのかが
分かるのだ。それで、キャンバスにそれが再現できる。

　音楽家は音やリズムに非常に敏感になる。
僅かな音やリズムの変化も見逃さない。それで
美しい音楽を表現できるようになる。

　画家が色や形の感覚を磨くのには長い年月の修行が必要になる。
音楽家が音感を身に着けて常人にはない鋭い感覚を身に着けるには
長いトレーニングが必要になる。

　ヨットでも、風やスピードの感覚を身に着けて研ぎ澄ませていくには
長いトレーニングが必要なのかもしれなかった。

　とにもかくにも、福井コーチの言っていることは
スピードに対しての感覚が研ぎ澄まされてこないことには
実行できないことの様だった。

　週末セーラーには簡単な話ではなかった。